野に咲く花のように
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frozen leaves |
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夜中のパン焼き
冬と言うのは少し早く、秋と言うのも遅く、どちらでもないというどっちつかずの最近。まだ鉢植えも外に出したまま冬への準備も遅れがちだ。
....などと思っていたが来週は一気に冬が来るという予報にウロウロしている。それでも、落ちきった葉っぱで仕上がっている絨毯は、歩くとカサコソと何とも表現しがたい音を立て足元の周りで飛び跳ねていて、もう少しこのままでいてくれたらと儚い願いも湧いて来る。
夜も遅くなってから、なぜか急にパンを焼こうと思い立った。
何も夜中でなくとも....と思ったけれど、夕方に生地を一生懸命練って発酵させてしまったからだ。冷蔵庫に一時避難も考えたけど二次発酵もやってしまい後に引けなくなったことも理由。 成形してなんだかんだと他のこともやっていたらすっかり遅くなりの「夜なべ仕事」。思い立ったが吉日。いつもそう思えたら毎日が躍動的になるかもしれない。
で、焼きあがって眺めていたが、誘惑には敵うはずもなく「試食」。 一個の重さはおよそ45〜55g。この10gの差は微妙であり正確でもある。小麦粉は一回につき400g。ボールでこねるのにはこの量が限界。途中全粒粉や気分でゴマも入れるけれど......などと真夜中にやっていたら覚醒してしまった........先日のこと。
走る季節に回る景色


〈BessiによるPixabay 画像から〉
5時55分まではまだ明るいなと感じていても、6時になる途端に暗くなる。 夏至からもうすでに3ヶ月経っているのだから当たり前だけど、早すぎないか。
昨夜は満月。8年ぶりに中秋の名月と重なった。沢山の木々と葉に囲まれた我が家から見えにくいはずなのに、ながめることができた。 お月見といえば、足のついた漆盆の上にススキと団子と枝豆を乗せ、母が縁側に置いていた光景を思い出す。花や庭に生えている何気ない野草、或いは、苔で覆われた小さな石や小動物に、慈しむ気持ちを抱くのは意識的なことではなく、自然なことかもしれない。 愛でるということ、か。

気がつけば もう夏が遠ざかろうとしている。 時はいっときもじっとはしてくれない。
8月に入ってからというもの30℃超えの日々、35℃近い日もあったな。湿度が高いことには「暑いねぇ〜」と言う他なく他の表現が出てこない。草むしりしていて汗が目に入った時は、「海水が目に染みた〜」と、幼い頃の体験が蘇る。連日の雨に喜ぶのは周辺の木々や草たち。 何だかまるで苔山寺のようだ。

←ウラの畑に続く道。
これはまだ7月初めだったかな。
まだまだ可愛い段階だったけど今は刈り払いが追いつかない〜
さて、どう思ったのか初めて梅を仕込んでみた。 母も漬けていたことは記憶の中にあるが、天候不順の中で干す時間を取れる自信もなく、いや、何だかんだの複数理由をつけて遠ざけていたのが本当のところかもしれない。 他のことは「手作り」にこだわっていたくせなのに、である。
梅仕事ノートなるメモも書き出し、下準備した日や梅雨が明けたら干そうと思っていたところに事件が起きた。
コロナ禍が私たちや周囲社会に与えた、与えている影響は大きいけれど、新年から本当にいろいろな事が身にかかってくる.....と思ってしまうが、ある不注意からまさかの骨折をしてしまった。予想外とか予定外とかよく耳にするが、事故や事件は誰も予想はせず、予定にもない。
だから事故や事件というのかもしれないけれど、その「まさか」だった。 梅雨明け間近で、転んだ瞬間よぎったのは「あ、梅どうしよう?」。予定も予約もキャンセルせざる得ないなぁと諦めたが、いろんな意味で痛かった。。
救急外来受診し、「まさか」の入院、そして手術〜。予定にはなかったのに。。
「時間泥棒」とはよく名付けたものだと感心するが、これは後日に記そっと。
。
みどりを渡る音