2012年1月20日金曜日


豆の力 その②

豆のことを書いた翌日、偶然にもこんな冊子に出会った。





発行したのは、「雫石創作農園」の福本さんご夫婦。
10数年以上前に雫石町に移住し、地元の小麦や豆を使ったパンや
豆の加工販売に取組みながら、有機農業の実践もされている。
用事があってお宅にお邪魔したのだが、帰りがけに頂いたのがこの冊子だ。

豆は凄いな、美味しいな...と、思うようになっていたが、それには実は分けがある。
ある日、豆腐と油揚げのみそ汁に「オール大豆だ!」と、はっとしたことがあった。
大豆を基礎食材とし、その発展(加工)系は放射状にリストが上がる。
味噌はモチロンのこと、醤油やきな粉や納豆に、
おでんに欠かせない厚揚げ、 がんもどき。
大豆と桜海老のかき揚げや、ひじきの煮物、ミネストローネにも入れたりする。

その話を仲間達に話したら、そうだそうだと盛り上がったことがある。
一人は「沢山収穫できる大豆(その年によって違うのだろうけど)だから、
アレンジの道も広がったんだ」 と言い、
一人は「東北は冬が長いから乾燥保存品として重宝したのだろーね」と。
豆をきっかけに、話が深まっていった.....。





〈黒豆の煮豆転用で、黒豆ゼリー 〉

チェルノブイリ原発事故の後、日本は味噌や大豆関係食品を支援として送ったと聞く。
大豆発酵食品に含まれている、「ジビコリン酸」という物質は
ストロンチウム90などの放射性物質を、体外に排出する作用があるそうだ。
科学的根拠もある...。


大豆や小豆など、多めに茹でて冷凍できるし、(小豆は甘く煮る時も)
用途に応じて解凍し活用できる。(そのまま炒める時も)

和菓子屋にとっては金庫に入れたくなるほど貴重な品に違いない。
饅頭の餡としての黒/白あん、どら焼き、小豆汁粉etc...。
国内の大豆の自給率は10%にも満たない今、
地元で豆を育てる人たちは貴重だ。(と、私が言ってもね・・・)
「豆のある暮し」........まめに(健康に)暮らすという意味でもうなずける。

2012年1月19日木曜日


豆の力 その①




お正月に煮た黒豆を転用し「黒豆と抹茶のパウンドケーキ」を焼いてみた。
これがなかなかイケル!!
パウンド…..だから、小麦粉•卵•バター•砂糖などは同量。
あ、砂糖は少し減らすけど。
抹茶は小麦粉の7%を入れ、20㎝スクエアの型を使って焼いた。
黒豆はあちこち気まぐれに散らし、180℃のオーブンで30分、後170℃に落とし10分。
豆そのものの味もさることながら、抹茶との相性も良く仕上がったと(思う)


豆は別名「畑の肉」とも呼ばれているが、タンパク質に富み、
近年ではマクロビオティック料理の代表素材としても注目されている。
栄養価はモチロンのこと、利用価値もあり、何より保存食品としては最強に入るのではないだろうか。



豆トリオ




〈左から紅大豆、黒千石、青大豆〉

一昨年、ウラの畑で豆を植えたが発芽率が99%!で驚いたことがある。
品種は雫石の「黒千石」(クロセンゴクと呼ぶ)と、山形が原産らしい「紅大豆」。
一粒の豆からあれだけの量が収穫できるなんて
わらしべ長者の話を思い出すようだった。


ところが、ところが、殻から豆をはずすのは手間がかかる作業で
畑から食卓に上がるまでのプロセスや労苦を考えると、手間と豆の価格がつり合わないような気もする。
消費する側だけでいた時には見えなかったことが、
植えてみて少しだけ垣間見えたような・・・

2012年1月5日木曜日


初夢は?




年が明けて5日。 初夢らしきものを見た。
夢には潜在意識の現れから、人間の深層心理が見え隠れすると聞く。

亡くなった人と出会えたり、飼っていた犬や鳥がまた来て鳴いている。
住んでる家のドアを開けると、昔暮らした家の中に変わっていたり、
ケンカした相手に謝られ、逆に「先に謝るんだった....」とうつむく自分がいたり。

夢は自由に過去と今を行き来する。
時には悪夢に「いやなモノを見た」と思う時もあるけれど、
人はそうやって夢を通し、現実とのバランスを調整する。

さて、見た夢とは.....

夜の通り道、電信柱の灯りがやけに暗い。
車も通らず、人もいない。商店も開いていない。
それなのに暗いとも思わず歩いている誰かがいる。

サザエさんの漫画が突然出て来て、買い物かごをぶら下げて
歩いているのはなぜかワタシ。
そこにまた突然子どもが現れ、「昔ってこんなに暗かったの?」と聞いて来た。
子どもは、夢の中でまだ小学生のままの息子だった。

..........................................

シャガールの絵は前衛的な要素を持ちつつも幻想的で、
夢を見ている気分になる。
牛や鳥が頭上に描かれていたり、成長した彼が牛小屋の中にいたりする。
幼少の自分と、生きている「今」の交錯する姿が描かれている作品もある。

記憶が奏でる夢でもあり、記憶から形成される「今」もある。
いつ見る夢を初夢と言うのか分からないが、
目がさめて夢だったと気づいた時、
夢の中で体験したことが何かの暗示になっているようにも思えるのだから不思議だ。







さ~て、雑煮も食べたし、黒豆も美味しく頂いた。
気分一新。また1年ガンバロー!........
いつまでそう思えるかな?

2011年12月31日土曜日


ゆく年 来る年




1日が終わることと、1年が終わることでは少しニュアンスが違う。
今日は大きな区切りの1日でもあり、
何となく過ぎようとしている1年を、ちょっと振り返ってしまう。

3月に起きた巨大地震に福島の原発事故――
放射能汚染の問題は毎日のニュースとなり、
重苦しい1年になってしまった。
ひとことで語るには問題の根があまりにも深いけれど、
それでも人には暮していくことが課せられる。
生きていくのに何が大切なのか、これからも考えてゆきたい







さて、SoiL....
何度も来て下さる方、友だちから紹介されて....といらして 下さる方
遠方からも食事にいらして下さった方たち....etc
仕込みに時間がかかって、お待たせしてしまったり、
席がふさがっていて、断らざるえないでしまったり、とさまざま だった(反省)
感謝の気持ちは仕事でお返しするしかない。

できるだけ地元の食材、野菜をと心がけてはいるものの、
うまく調達できない時もあったな。。。

臨時休業せざるえない日もあり、
いらして下さった方には失礼してしまい申し訳ないかぎり。。。

そんな1年ではあったものの、仕事を通し、好きなことを通し出会いも沢山あった。
手仕事に、励んでいる方たちの姿には心が引きつけられ、
自分自身 の生き方も問われていることを意識する。

「一生懸命生きる」とは、仕事に集中することであり、同様に遊びにも言える。
言い換えれば、メリハリをどうつけて生きてゆける、ゆくか.... うーん、分からない。

来年の今日の自分をイメージすることはむずかしい。
けれど、理想は理想として近づく努力をすることはできるかな?
結局は自分自身にかかってくることなんだね。
良いお年を...より、悪くない1年であるように。

2011年12月29日木曜日


目には目を(?) 油には油を




「山羊のチーズ」を作った、と言いたいところだが......
これは「石けん」。廃油と苛性ソーダを合わせて作った、いわゆる廃油石けん。
油汚れには抜群の洗浄力を見せてくれる。
生協の仲間たちと秋に沢山作って「この日」のためにとっておいたとっておき。
料理に使った油を取って置き、ある程度溜ったら石けんづくりに回しているが、
キッチンから出たモノが再びキッチンに姿を変えて戻ってくることになるわけだ。
それはそうと....
忙しいことを口実に、なかなか手が出なかった換気扇の掃除に今日は明け暮れた。



積雪もここに来て30㎝以上はあるだろうか。
風もなく気温も低いせいか、雪をまとった木々も微動だせずそのままだ。
寒さには少しずつ順応してはいるが、クリスマス寒波とはよく言ったものだ。
里には少し、山には沢山の雪などという具合には.....ならないか。





雪景色の中を走る。
田園も、杉の森も、沢も、白・白の世界!(-2℃と比較的高め!)

2011年12月23日金曜日


White Christmas.....



一夜明けた朝


予報通りの大雪となり、今朝は除雪機初出動となった。
冷え込みが厳しいと雪もあまり降らず、降ったとしても軽~いのに
今朝はさほど気温は下がらず重~いぬれ雪ゆえ、除雪も苦労する。
そんな大雪にもめげず?、SoiLにいらして下さる方たちがいた。



雪の降り始めは比較的に遅く、本当に雪が降るのだろうかと思っていても
降る時は本当にうらめしくなるくらいに降ってくる。

今朝の雪で本格的な冬を迎え、外は風景が一変するほど別次元の世界が広がった。
冬至は昨日だったことに今頃気づく。
カボチャと小豆、また食べ損なった。。。。



〈バターナッツのカボチャのスープ〉

2011年12月21日水曜日


雪だ!




ブログの更新もできずにいたこの数日、10日以上も過ぎていたなんて、
驚くべき早さに驚いている。
12月は「忘れる年」だから?、曜日と日にちがマッチングせず、
生来おっちょこちょいのワタシは約束をうっかり....ということもあった。
気をつけよう。




〈10年以上前にヘルシンキで買った、なぜか日本的なフィンランドの人形〉


今年の漢字も発表になった。
この時期になると1年の締めくくりが気になって来る頃だ。
それでなくてもいろいろ「やりたいことリスト」が頭の中に上がってくる。
なぜか突然掃除や片付けがしたくなったり、引き出しの中を整理したくなる。
片付けながら「なぜだろう?」と考えていた。


よく見る、大きな寺のすす払いや大掃除の光景に、
1年の垢を落とす、ような意味をどこかで感じていたのかもしれない。
とすると、これはもしかして「掃除をしたいDNA」が動き出すから?と。

片付けながら「こんな所にあったのねぇ~」と
探していたモノが出て来たり、懐かしいモノを発見したり....
進まない。
片付けようと整理を始める矢先から益々散乱する。
いろいろ考えながらも1日が過ぎてゆく。