悲喜こもごもの月日
今年の第一弾 追い熟中
梅雨はまだ開けないよ、と先に言われているようで口をつぐんでしまった。
岩手山は一日中霧の中に潜んでしまい、姿が見えず
Yes でもないNoでもない、いわゆるグレーの空が頭上に広がっている。
西の地方は梅雨明けはわずか二週間で終わり、記録的に短かったらしい。
セミが鳴かない?
自然界にはいろいろな秩序や状況の判断となる指標があるけれど、
土の中にいた彼らには気温の上昇と、まとまった雨が不可欠だし、
「ちょっと変だよ〜」と見えないアピールをしているに違いない。
梅雨の中にあるここでも、湿度は高いけれど降雨量は多くなく、
今年はセミの声に元気がなく、圧倒的に数が少なく何だか寂しい.....なぁ。
あの煩いくらいカーニバルのように賑やかな声が好きな者としては。
7月初め/ ウラの畑 / 最後の苺
タヌキの被害はなく
(彼らの視界には入らなかった)
路地モンは遅いけれど
とても甘く、貴重なひとときを。
暮らしの中には常に良いことと、そうでないことがひしめき合っている。
小豆を煮ようかなと、ボゥーッと何か考えていたのか
砂糖の代わりに塩を入れてしまった瞬間にギョッとする。
後の祭りになるけれど、次は気をつけようと思い直す。
そうやってまた、ジャガイモやカボチャを煮て鍋を焦がしたこと数知れず。
またやり直せるし他愛もないことだと深く落ち込むこともない.....。
野菜などの材料とワタシの「関係性」はそんなものかもしれない、と。
世界はどんどん混沌としてきて、
梅雨の空より重くて暗く、いつか晴れるのだろうかと考えてしまう。
先の見通しなど誰にも予測つかないように思えるし
「戦い」は、双方の関係性の悪化に起因していることを歴史が残している。
酸いも甘いも嚙み分ける、とも言うものの
世の中の微妙な事情や事象を振り返り、
大人として分別をもつ、とはどういうことなのか
遠い空を見上げれば微かに晴れた霧の上に青空が。