里山に住む
好天に恵まれる日が続き、稲刈りがあちこちで始まった。
田植えの春同様、青空の下で人もコンバインも活気づく。
第三者的には毎年同じように見えても、今年の稲は少し小ぶりと聞いた。
小さくても米に変わりはない、と思うけれど「食味」=ショクミ が異なるらしい。
呼応するように店先には「新米」ラベルの品々が並びにぎわいを見せている。
おにぎりやお赤飯、そして栗おこわ。米文化の日本デス。
こちらは里山からの恵みに奮闘中。
落下しまくる栗を無視できなくなり、収集しまくる数日間となった。
小さめかと思いきや、後発で落ちて来る栗は結構大きく拾い甲斐もあり、
思案した結果、大きめのを渋皮煮に、小さめのは茹でて栗ペーストを作ろうか、と。
〈まだまだ道半ば。鬼皮剥きに疲れ気味〜〉
1、4kg、230個の栗の鬼皮を向く作業に半日かかり、
灰汁処理とシロップ煮と瓶詰めで、また半日かかってしまった。合計たっぷり1日?
忙しいとできない作業だが、目の前の山の恵みに感謝をしつつ
皮むき作業で手のひらと指がこわばる度、「面倒だぁ」と小言をつく。
そんな矛盾の後、仕上がった栗の味見や瓶詰めを眺めては小さな達成感を得るなんて
我ながら単純な生きモノだ。
重層を入れて灰汁抜きをする。
茹で溢しては水洗い。同様行程3回ほど繰り返し丁寧に筋を取る。忍耐、ニンタイ。
鍋の中は灰汁抜きでチョコレート色の湯に。いわゆるタンニンだ。何かに使えそう。
〈3回繰り返し、渋みがなくなった状態かな?〉
〈こちらは7年ほど前に抜いた栗。保存。根が30センチ以上もあり!〉
ウラの森の沢沿いに大きな栗の木があることに気づいたのは、開墾を始めた年だ。
実生で育つ栗の木は、誰かが昔植えたのだろうが、樹齢80年は超えている木。
鬼皮を剥きながら「昔はどんな状況だったんだろう」。
瓶詰めまで含め2日がかりの作業だったが、
リンゴもそろそろ出始めた。栗も一緒にお菓子に使おう。
秋を迎え、葉が落ち始めるとウラの畑の遠い先にある岩手山も見えてくる。
気づかなければただ過ぎてゆくだけの日常に、
栗に向き合いながら、恵みがある里山に住んでいることを意識する。
選別した小さい栗は茹でてスプーンで中身をすくったけれど
ペーストにするのは明日以降に持ち越し・・・。
ゴールは遠いなぁ。