2011年6月10日金曜日


雨上がりの玄関前/訪問のカエル




巨大地震から3ヶ月、
短い時間ではあったが真夜中にやや強い「揺れ」があった。
「忘れちゃいけないよ」と言われているようで、思わずはっとする。
皆、何事もなかったかのようにいつもの生活を送り、ややもすれば忘れそうになる現状だ。
新聞の1面片隅に載る、行方不明者や避難している人たちの数が未だ9万人を越えていることに
被災した人たちとの「時間の流れの違い」を想像する。難しいが。


今晩のニュースで、
岩手県一関市の牧草地でも1kgあたり1,010ベクレルの
放射性セシウムが検出されたと発表していた。
国の暫定規制値300ベクレルを超える高い数値で、
放牧の規制と牧草投与の制限を促していた。
牛にとっては、閉じこもっていた冬からやっと牧野に解放され、
草を食むことができる最良の季節が一転することになる。
一関市は岩手県で最も南に位置するところ。やはり......。


地震と津波は被災地の惨状を見るかぎり、
むごい爪痕を残しているとは言え復旧への希望がある。
しかし原発事故は人災だ。
今後何十年も(何十年ですまないな)続くであろう
深く長く暗いトンネルの中に入ってしまい、
「無害化できない放射能汚染」の問題を「ワタシたち」が抱きかかえている状況だ。


5年前、原子力工学の研究者である小出裕章さん(京大原子炉実験助教)から、
原発の話を直接うかがったことがある。
唯一の被爆国の日本で、
何故ヒロシマ・ナガサキに原爆が投下されたのかということと(その経緯)
六ヶ所再処理工場が抱える問題についての話だった。
「無害化」できないことと「核のゴミ」は処理できない「厄介なモノ」と、
静かに話していたことを覚えている。


その小出さんは今回の事故後、多忙極めている。

毎日放送の「種まきジャーナル」に出演した時の内容。
日々報告される土壌からの放射性物質の除去等に
「どうしたらいいのでしょう?」というレポーターの質問に対し、
「これまで原発をなくしたいという信念でやってきたが、
汚泥をとっても、置いておく場所も灰を置く場所もない。
どうしたらいいのか分からない。
こんな事故が起きてしまったからは、
これからは今までとは違う世界に生きるしかない、と思っていただくしかない。」と
専門家だからこそ、将来どういった影響が出るのか手にとるように想像できるのだろう。

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他人事ではなく、自分ごととして受け止める心構え...。